沼津

【北条早雲の旗揚げ】国指定史跡 興国寺城跡【続日本100名城公式スタンプ】

興国寺城跡 沼津

興国寺城は、沼津市北西部に位置し、篠山という愛鷹山の尾根を利用して築かれた城郭です。

平成七年には国指定史跡となり、指定面積は11万㎡を越えています。また、平成二十九年には『続日本百名城』に選定され、日本城郭協会の公式スタンプラリーも楽しめますよ。

 

興国寺城跡の特徴

連郭式

江戸時代に描かれた絵図。

本丸、二ノ丸、三ノ丸が一直線に並んでいるお城の造りを、「連郭式(れんかくしき)」といいます。

本丸の回りには囲うように土塁が形成され、その土塁に設置された櫓台から城の南方の見張りが出来ようになってました。

そして天守台の北側には背後からの敵の侵入を防ぐための大空堀があり、容易に本丸に攻め込まれないようになっています。

 

興国寺城跡の見どころ 三選!!

空堀

沼津 興国寺城跡 空堀

なんといっていも、興国寺城跡の一番の見どころは、この空堀でしょう!

空堀とは、敵の侵入を阻止するために人工的に作られた、水を入れない堀です。

この大きな堀の全体像を写真に収めるのはなかなか難しく、迫力を伝えきれないかもですね~。

 

この迫り来る急傾斜感。

ぜひ、現地で実物を見てほしいですね~。

『誰が一番早く登れるか選手権大会』みたいなのを開催して、この急な坂を駆け上がる競争したら面白そうだな~

と妄想しながら眺めてました。

空堀の上から撮影したものです。真ん中あたりに小さく写ってい人影はわたしのです。

なんとなく高さ感が伝わりますかね?

土塁

沼津 興国寺城跡 土塁

土塁とは、城の周囲に土を盛り上げ固めて築いた堤防状の塁壁です。

敵から容易に本丸を攻められないように三方を囲って守っています。

 

天守閣からの眺め

土塁の階段を上がっていくと天守台が見えてきます。

沼津 興国寺城跡

天守台からは、沼津の街を見下ろせます。いい眺めですね。

真ん中あたりに見える真っ直ぐ伸びている道路は「興国寺城通り」と言われ千本松原までつながっています。

 

日本100名城公式スタンプ

沼津 興国寺城跡 スタンプ

興国寺城跡は、平成二十九に公益財団法人日本城郭協会に選定され、『続日本100名城に行こう』の公式スタンプが設置されています。

沼津 興国寺城跡 スタンプ

案内板の前に置いてる木箱の中にスタンプがあります。

沼津 興国寺城跡 スタンプ

 

北条早雲の石碑

興国寺城は、戦国大名の先駆けといわれる北条早雲の旗揚げの城として名高い城です。

駿河の守護今川氏の今川氏親(幼名、龍王丸)は早雲の甥でした。龍王丸が成人するまで家督代行を小鹿範満が行うという約束をしていましたが、小鹿範満が氏親に家督を譲らないという家督争いが起きました。

その家督争いを早雲が解決し、今川氏親が今川家当主となり、功績として早雲に興国寺城と富士郡下方12郷の領地(現在の富士市吉原、今泉辺り)が与えられました。

88歳で大往生を遂げるまで、現役として活躍した北条早雲。戦国大名として第一歩を踏み出した城がこの興国寺城であり、早雲旗揚げの城といわれているのです。

三ノ丸、二ノ丸、本丸

沼津 興国寺城跡

この広々とした広場が三ノ丸となります。

接している道路が、三島市から富士市の東西にのびる「根方(ねがた)街道」と呼ばれる通りです。

沼津 興国寺城跡

ここ、二ノ丸には「石火矢場跡」があり、口径8cm以上の大砲が置かれたといわれています。

沼津 興国寺城跡

天守台の石垣。このような石の積み方は「野面積(のづらづみ)」と呼ばれる積み方です。

沼津 興国寺城跡

土塁の上から見る本丸。高台から街並みを見下ろしていると、なんだか殿様気分になりますね。

 

沼津市内には、お城としての建物は残っていませんが、このように史跡に訪れることで「沼津の歴史」を肌で感じてみてはいかかでしょうか?

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